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違法収集証拠の排除とは?判例や要件、争い方について弁護士が解説

刑事裁判では、被告人が有罪であることを検察官が証拠によって立証しなければなりません。

 

 

ただ、どんなものでも証拠にできるわけではなく、一定の制限があります。そのような制限のひとつに「違法収集証拠の排除」というルールがあります。

 

 

このページでは、違法収集証拠の排除についての判例を紹介しながら、排除の要件や違法収集証拠の争い方を弁護士 楠 洋一郎がわかりやすく解説しました。ぜひ参考にしてみてください。

 

 

 

 

違法収集証拠の排除とは

違法収集証拠の排除とは、違法な捜査によって得られた証拠を刑事裁判に出せなくすることです。

 

 

刑事裁判の証拠にできる資格のことを証拠能力といいます。違法な捜査によって得られた証拠は、一定の要件に該当すると、証拠能力が否定され、刑事裁判に出せなくなくなります。

 

 

証拠を裁判に出せないと、裁判官はその証拠を事実認定の基礎にすることができません。そのため、その証拠が有罪を立証するために不可欠な証拠であれば、無罪になります。

 

 

証拠には証拠書類と証拠物の2つのタイプがあります。証拠書類の典型は供述調書です。証拠物は凶器に使われたナイフや被告人が持っていた覚せい剤がイメージしやすいでしょう。

 

 

これから証拠書類と証拠物の2つのタイプにわけて、違法収集証拠の排除についてみていきます。

 

 

違法収集証拠の排除-供述証拠について

被告人が自白した供述調書は、その自白が任意にされたものでない疑いがある場合、証拠能力が否定され、裁判の証拠にすることはできなくなります。これを自白法則といいます。

 

 

自白法則は刑事訴訟法という法律で規定されています。

 

 

【刑事訴訟法319条1項】

強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない。

 

 

任意性に疑いのある自白は虚偽であることが多く、裁判の証拠にすると冤罪を生み出しかねませんし、違法な取調べが横行し黙秘権が侵害されるおそれがあります。

 

 

そのため、任意性に疑いのある自白は、刑事裁判の証拠にすることはできないのです。

 

 

違法収集証拠の排除-非供述証拠について

1.なぜ証拠排除が必要なのか?

非供述証拠(証拠物)は、供述証拠とは異なり、収集のしかたが違法であっても、物の形や性質が変わるわけではないので、証拠としての信用性に影響はありません。

 

 

ただ、違法に収集された物を証拠として認めてしまうと、「何でもあり」の捜査になってしまい、適正手続を定めた憲法31条や無令状での捜索・差押えを禁止した憲法35条が無意味になってしまいます。

 

 

もっとも、ほんの少しでも違法な点があれば証拠排除されるのであれば、裁判で真実を明らかにすることが困難になってしまいます。

 

 

そこで、非供述証拠(証拠物)については、証拠排除を定めた明文の規定はありませんが、「一定の条件のもとで」証拠から取り除くべきと考えられてきました(違法収集証拠排除法則)。

 

 

2.違法収集証拠に関する最高裁の判例

昭和53年に最高裁判所が違法収集証拠に関して初めて判断を下しました。

 

 

【最高裁昭和53年9月7日判決】

証拠の収集手続に令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが違法捜査を抑制する見地から相当でないと認められる場合においては、その証拠能力は否定されるべきである。

 

 

最高裁が示した違法収集証拠排除の要件は次の2つです。

 

①証拠の収集手続に令状主義の精神を没却するような重大な違法があること

②証拠として許容することが違法捜査を抑制する見地から相当でないと認められること

 

 

現在では、全国どの裁判所でも、違法収集証拠の排除については、この要件に沿って判断されています。

 

3.違法収集証拠に関する判例の動き

下級審では、違法収集証拠の排除法則によって証拠能力を否定した判例もありますが、最高裁で証拠能力が否定されたケースはごくわずかです。

 

 

最高裁の判例では、「令状主義の精神を没却するような重大な違法」が要件とされていますが、この「重大な」という部分がネックになり、<証拠の収集手続が違法ではあるものの、違法性が重大であるとまではいえない→証拠能力は否定されない>というロジックで、弁護側の主張を退けることが多いです。

 

 

違法収集証拠に関して最高裁が初めて判断したのは昭和53年ですが、実際に最高裁が初めて違法収集証拠の排除を認めたのは、それから25年以上たった後でした。

 

違法収集証拠の排除-派生証拠について

違法収集証拠に基づいて獲得された別の証拠を派生証拠といいます。違法収集証拠が排除されても、派生証拠が排除されないのであれば、抜け道があるようにも思えます。

 

 

それでは、派生証拠については証拠とすることができるのでしょうか?

 

 

派生証拠の証拠能力について、一律に否定されるとする考え方もありますが、最高裁は、違法収集証拠に密接に関連した派生証拠に限り証拠能力が否定されるという考え方をとっています。

 

違法収集証拠の排除についての判例

1.最高裁が初めて違法収集証拠の排除を認めたケース(最高裁平成15年2月14日判決)

警察官が逮捕状を提示せずに被疑者を逮捕したにもかかわらず、逮捕状を提示した旨の虚偽の捜査報告書を作成し、公判でも、「逮捕状を提示しました」と虚偽の証言をした事案。

 

 

最高裁は、警察官の態度を考慮した上で、逮捕の手続に重大な違法があり、違法捜査抑制の見地から、逮捕に密接に関連する証拠の証拠能力を否定すべきであると判断し、逮捕当日にとられた尿の鑑定書の証拠能力を否定しました。

 

 

このケースでは、尿の鑑定書を資料として捜索差押許可状が発付され、被告人の自宅から覚せい剤(派生証拠)が押収されていましたが、覚せい剤は違法な逮捕と密接に関連しているわけではないとして、証拠能力は否定されませんでした。

 

 

その結果、覚せい剤使用では無罪になりましたが、覚せい剤所持では有罪判決が下されました。

 

 

2.GPS捜査に令状が必要か否かが問題になったケース

第1審(大阪地裁平成27年6月5日決定)は、被疑者の運転する車両にGPSを装着してモニタリングすることは、プライバシーの侵害にあたり、検証許可状が必要であると判断しました。

 

 

その上で、警察は検証許可状を取得しておらず、証拠の収集手続に重大な違法があるとして、GPS捜査によって得られた証拠及びそれと密接に関連する証拠の証拠能力を否定しました(ただし、その他の証拠によって有罪を認定)。

 

 

第2審(大阪高裁平成28年3月2日判決)は、車を利用した広域窃盗という犯行グループの特性からGPS捜査をするのはやむを得ない等として、証拠収集手続に重大な違法はないと判断し弁護側の控訴を棄却しました。

 

 

最高裁(平成29年3月15日判決)は、一転して、GPS捜査はプライバシー侵害にあたり令状が必要であるが、個々のケースごとに裁判官が実施期間、第三者の立会い、事後の通知などの適切な条件を設定して令状を発付することは現実的ではなく、立法によって解決されるべきと判断しました。

 

 

結論としては、1審判決に誤りはなく、これを維持した高裁の判決にも誤りはないとして、弁護側の上告を棄却しました。

 

違法収集証拠の排除が認められやすくなる事情

次のような事情があれば、裁判で証拠の収集手続が違法と評価され、証拠排除されやすくなります。

 

 

① 捜査員が令状なく被疑者の住居に立ち入った

② 捜査員が令状なく被疑者の住居・車・身体を捜索した

③ 捜査員が令状なく被疑者を警察署に連行した

④ 捜査員が被疑者を路上に長時間とどめた

⑤ 被疑者が上記①~④の行為に同意していない

⑥ 捜査員が所持品検査の際、本人の同意なくポケットに手を入れた

⑦ 捜査員が本来令状を取得すべきであったにもかかわらず令状を取得していない

⑧ 捜査員が虚偽の捜査報告書を作成した(例:逮捕状を被疑者に呈示していないのにて提示したという内容の捜査報告書を作成したケース)

⑨ 捜査員が証人尋問で虚偽の事実を証言した(例:逮捕状を被疑者に提示していないのに「提示しました」と証言したケース)

 

 

違法収集証拠が裁判で問題になった場合の流れ

刑事裁判で弁護士が違法収集証拠の主張をすると、当時の状況を明らかにするため、法廷で、担当した捜査員を尋問することが多いです。

 

 

以下のケースで具体的にみていきましょう。 

 

覚せい剤使用罪についての裁判で、弁護士が「捜査員が令状なく被疑者の自宅に立ち入って、強制的に警察署まで連行した直後に尿を採取していることから、一連の手続は違法であり尿の鑑定書に証拠能力は認められない。」と主張したケース

 

 

このケースでは、被疑者の自宅に立ち入った捜査員が証人として出廷します。

 

 

まずは、検察官が捜査員に対して、被疑者の自宅に行くことになった経緯や立ち入り前後の状況、被疑者の対応状況等について尋問し、手続に違法性がないことを明らかにしようとします。

 

 

続いて、弁護士が捜査員に反対尋問をすることにより、被疑者の同意がなかったことや立ち入りの必要性がなかったこと、無理やり警察署まで連れて行ったこと等を明らかにしようとします。

 

 

捜査員の尋問が終わった後に被告人質問を実施します。弁護士と検察官が、被告人に質問して、それぞれの立場から、当時の状況を明らかにしようとします。

 

 

被告人質問では、弁護士→検察官の順番で被告人に質問します。裁判官も気になったことがあれば、捜査員や被告人に質問します。

 

 

このようなやりとりに基づき、裁判官は、当時の状況について心証を形成し、違法収取証拠排除の要件にあてはめて、違法性の有無や証拠排除について判断します

 

 

もし、裁判官が証拠を排除すべきと判断した場合は、検察官の証拠調べ請求を却下します。その結果、裁判官はその証拠を見ないで事実を認定することになります。

 

 

覚せい剤使用罪の裁判で、尿の鑑定書を証拠とすることができなければ、被告人が覚せい剤を使用した事実を立証できないため、無罪判決が下されることになります。

 

違法収集証拠の排除を主張するために

証拠の収集手続に違法があるか否かは、結局は、「やった」→「やっていない」、「言った」→「言っていない」という水掛け論になりがちです。

 

 

そのため、捜査員とのやりとりを携帯電話やICレコーダーで録音しておくとよいでしょう。録音できない場合は、メモをとる等して当時の状況を記録しておいてください。

 

 

逮捕・勾留されてしまった場合は、被疑者ノートに記入することになります。

 

 

「この捜査はちょっとおかしいんじゃないか?」、「こんなことまでやっていいの?」と素朴な疑問を感じたら、まずは弁護士にご相談ください。