痴漢を安全ピンで撃退すると傷害罪になる?

このページは弁護士 楠 洋一郎が執筆しています。

 

 

安全ピンで痴漢撃退-違法性が問題になる

Twitterで、痴漢に安全ピンを刺して撃退していいのかどうか話題になっています。痴漢に安全ピンを刺すと傷害罪になるのでしょうか?

 

傷害罪の要件は、「人の生理的機能に障害を与える」ことです。安全ピンを刺して、皮膚に傷をつけたり、出血させることは、明らかにこの要件に該当します。ただし、傷害罪の要件に該当すれば、常に傷害罪が成立するというわけではありません。

 

傷害罪にせよ、他の犯罪にせよ、形式的に要件に該当しても、「違法性」がなければ犯罪は成立しません。違法性が否定される代表的なケースは正当防衛です。

 

安全ピンで痴漢撃退-正当防衛にあたるか

それでは痴漢に安全ピンを刺すことは正当防衛にあたるでしょうか?

 

正当防衛の要件は、①急迫不正の侵害に対して、②自己または他人の権利を防衛するために、③やむを得ずに反撃することです。痴漢に安全ピンを刺す行為が、これら3つの要件全てに該当すれば、正当防衛が成立し、傷害罪は成立せず無罪となります。

 

それでは3つの要件を個別にみていきましょう。

 

安全ピンで痴漢撃退-急迫不正の侵害にあたるか

急迫不正の侵害とは「現に侵害を受けているか侵害が間近に迫っていること」をいいます。電車内で現に痴漢の被害を受けていれば、問題なく急迫不正の侵害があるといえます。

 

一方、安全ピンにより痴漢を完全に撃退した後は、もはや急迫不正の侵害があるとはいえません。

 

安全ピンで痴漢撃退-「自己または他人の権利を防衛するため」といえるか

「自己または他人の権利」の「権利」とは、法律で認められている権利に限らず、より広く、法律上保護されている利益をいいます。痴漢によって侵害されている利益は、「被害者の性的な自由」ですが、これは法律上保護されている利益といえます。

 

「防衛するため」とは、防衛の意思があることをいいますが、怒りや逆上など別の感情が併存してもよいとされています。

 

痴漢をやめさせる目的で安全ピンを刺すのであれば、防衛の意思があることは明らかです。その際、痴漢に対する怒りや逆上の気持ちがあったとしても、「痴漢をやめさせたい」という気持ちがある限りは、防衛の意思が否定されることはありません。

 

安全ピンで痴漢撃退-「やむを得ずにした行為」といえるか

「やむを得ずにした行為」か否かは、「武器対等の原則」という指標によって判断されることが多いです。例えば、素手による攻撃に対して素手で反撃した場合は、「武器が対等である」として、「やむを得ずにした」と認められることが多いです。

 

一方、素手による攻撃に対してナイフで反撃した場合は、「武器が対等である」とはいえず、「やむを得ずにした」とは認められないことが多いです。

 

痴漢に安全ピンを刺すケースでは、素手で触ってきた痴漢に対して、安全ピンという「凶器」で反撃しているので、「武器対等」とはいえません。しかし、「やむを得ずにした行為」か否かは、武器対等の原則だけで判断されるわけではありません。

 

具体的には、①他にとりうる手段があったかどうかや、②被害の大きさ、③反撃行為によって侵害された利益などから総合的に判断されます。

 

他にとりうる手段の有無

満員電車で身動きがとれない状況であったとしても、「やめてください!」、「この人痴漢です!」等と声を上げれば、痴漢をやめさせることも十分可能であると思われます。しかし、痴漢の被害者のなかには、動揺のあまり声を出せなくなる方も少なくありません。そのような状況であれば、他にとりうる手段がなかったと評価することは十分可能でしょう。

 

被害の大きさ

被害者は痴漢によって深刻な精神的ダメージを受けます。痴漢されたことが原因で電車に乗るのが怖くなったり、男性一般に不信感を抱くようになってしまうことも考えられます。

 

反撃行為によって侵害された利益

手を安全ピンで軽く1、2回刺す程度であれば、安全ピンはナイフ等と比べて危険性は低く、刺した部位も身体の末端であることから、重大なけがが発生するとは考え難いです。そのため、侵害された利益は必ずしも大きなものではないといえます。

 

以上より、満員電車で身動きがとれず、声を上げることもできない状況で、痴漢の手を安全ピンで軽く1、2回刺す程度であれば、「やむを得ない行為」と言うことができます。

 

安全ピンで痴漢撃退-まとめ

(1)正当防衛により無罪になるケース

①現に痴漢が継続している状況で、②痴漢をやめさせるという目的で、③痴漢と距離をおいたり、声を上げることにより痴漢を避けるのが物理的・精神的に困難な状況で、④安全ピンで手を軽く1,2回刺す程度であれば、正当防衛の要件を全て満たし、傷害罪は成立せず無罪になると考えられます。

 

(2)正当防衛とはならず傷害罪が成立する場合

次のようなケースで痴漢に安全ピンを刺した場合は、正当防衛が認められず傷害罪が成立すると考えられます。

 

①痴漢に安全ピンを刺した結果、痴漢が体の向きを変えたり、被害者と距離をとって完全に触るのをやめた後に、なおも被害者の方から痴漢に接近して安全ピンで刺した場合

 

②安全ピンで痴漢の手を何度も執拗に刺したり、皮膚表面から奥深くにまで刺しこみ意図的に重いけがをさせた場合

 

③痴漢の被害を受けている最中、声を上げようと思えば容易に上げられる精神的余裕があったにもかかわらずあえて安全ピンで刺した場合

 

④電車がそれほど混雑しておらず、痴漢と距離を置くなどして容易に被害を避けられる場合に、あえて避けずに安全ピンで刺した場合

 

たとえ正当防衛が成立しない場合でも、過剰防衛が成立する可能性が高いです。過剰防衛が成立すると、刑を免除したり減軽することができます。

 

安全ピンで痴漢撃退-人違いの場合

人違いで安全ピンを刺した場合は正当防衛は成立しません。この場合、誤想防衛が成立するかどうかが問題になります。誤想防衛が認められれば、正当防衛の場合と同様に、けがをさせても傷害罪は成立せず無罪になります。

 

もし、現場の状況から人違いをしてもやむを得ないといえる事情があれば、誤想防衛が認められるでしょう。

 

痴漢は満員電車で人混みにまぎれて行われることが多いこと、痴漢の被害者は被害を受けて精神的に動揺していることから、「人違いをしてもやむを得ない」と認められる余地は十分にあります。

 

安全ピンで痴漢撃退-実際に問題になるのか?

実際は、安全ピンで1,2度、手を刺された程度で、痴漢の加害者が被害届を出すことはないと思われます。被害届を出すことによって、痴漢の被害者の感情がさらに悪化し、より刑罰が重くなる可能性が高いためです。

 

人違いのケースの場合も、1,2度軽く手を刺した程度の場合、その場できちんと謝罪し、状況を説明すれば、よほどの事情がない限り、警察に訴えられたり、損害賠償を請求されることはないでしょう。

 

痴漢を安全ピンで刺した被害者のための弁護団が設立されたようですが、実際に弁護が必要になる機会はそれほど多くはないと思われます。

 

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