公訴権濫用とは?公訴棄却による裁判打ち切りについて解説

公職選挙法違反で逮捕・起訴された河井克行元法務大臣が、刑事裁判で、「検察が違法な司法取引を行った」として公訴棄却を求める方針であると報道されています。

 

公訴棄却とは刑事裁判をするための前提要件が欠けている場合に、裁判所が有罪・無罪の審理をすることなく形式的に裁判を打ち切ることです。

 

公訴棄却になるケースとしては、重複した起訴、告訴のない親告罪の起訴などがありますが、報道されているように、河井元法務大臣が「検察が違法な司法取引を行った」ことを理由に公訴棄却を求めているのであれば、「公訴権濫用による公訴棄却」を主張すると思われます。

 

このページでは、弁護士 楠 洋一郎が公訴権濫用による公訴棄却について解説します。

 

 

公訴権濫用とは

公訴権濫用とは、検察官が本来起訴すべきではないにもかかわらず、不当に起訴した場合に、起訴自体を無効として、裁判を打ち切る考え方のことです。

 

「起訴」とは犯罪の容疑者を刑事裁判にかけることです。起訴されれば、裁判官が事件を審理し、有罪・無罪や刑罰の程度を判断します。

 

起訴する権限があるのは検察官のみです。これを起訴独占主義といいます。

 

【刑事訴訟法247条】

公訴は、検察官がこれを行う。

 

検察官は、起訴するか不起訴にするかについて広範な裁量権を持っています。もっとも、好きなように決めていいというわけではなく、刑事訴訟法1条、刑事訴訟規則1条2項、検察庁法4条などによって、検察官の裁量権にも一定の枠があると考えられています。

 

【刑事訴訟法1条】

この法律は、刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする。

 

【刑事訴訟規則1条2項】

訴訟上の権利は、誠実にこれを行使し、濫用してはならない。

 

【検察庁法4条】

検察官は、刑事について、公訴を行い、裁判所に法の正当な適用を請求し、且つ、裁判の執行を監督し、又、裁判所の権限に属するその他の事項についても職務上必要と認めるときは、裁判所に、通知を求め、又は意見を述べ、又、公益の代表者として他の法令がその権限に属させた事務を行う。

 

検察官が裁量権を逸脱して、不当に起訴した場合、裁判を打ち切ることを認めるのが公訴権濫用論です。

 

公訴権濫用で裁判を打ち切る場合、無罪判決ではなく、公訴棄却判決を下すべきと考えられています。

 

公訴棄却判決は、重複して別の裁判所に起訴してしまったとき等、起訴の手続が間違っていたときに下されるタイプの判決です。

 

公訴権濫用のケースも、実質的な審理に入る前に、起訴自体を無効として裁判を打ち切るわけですから、公訴棄却判決を下すべきと考えられているのです。

 

公訴権濫用の3つのタイプ

学説では公訴権濫用は次の3つのタイプに分けて検討されてきました。

 

1.嫌疑なき起訴

犯罪の嫌疑がない場合は、「嫌疑なし」で不起訴処分となるはずですが、起訴されてしまった場合は、公訴権濫用にあたり、公訴棄却判決を下すべきという考えが有力です。

 

有罪を証明できない以上、無罪判決にすべきと考えることもできますが、証拠調べなどに時間がかかるため、早期に被告人を救済するために、公訴棄却にすべきという考えが有力です。

 

実際は、裁判で審理を尽くして結果的に無罪になることはありますが、捜査段階で、犯罪の嫌疑がないことが明白であるにもかかわらず検察官が起訴したというケースは考え難いため、嫌疑なき起訴が問題になることはまずありません。

 

2.起訴猶予相当事件の起訴

「起訴猶予」とは、嫌疑があり裁判で有罪を立証することができるが、犯人の状況や犯罪の軽重、示談の有無などさまざまな事情を考慮し、特別に起訴しないという検察官の処分のことです。

 

【刑事訴訟法248条】

犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる

 

本来、起訴猶予になるべき事件が起訴された場合、嫌疑があり有罪を立証できるため、公訴権の濫用とはいえず、有罪判決を下すべきという考えもあります。

 

しかし、事案が軽微であり、起訴猶予となるべきことが明白であるにもかかわらず、あえて起訴したような場合は公訴権の濫用にあたるとするのが有力な見解です。

 

起訴猶予相当事件の起訴については、実際の刑事裁判でも少なからず問題とされており、有名な最高裁判所の判例もあります(詳細は以下で解説しています)。

 

3.違法捜査に基づく起訴

捜査の過程で、被疑者に対する暴行などの違法行為があった場合は、刑事手続の適正を保障するため公訴権濫用として起訴を無効とすべきという考え方と、違法捜査があっても直ちに起訴の効力には影響しないという考え方があります。

 

後者の考えによっても、違法収集証拠の排除法則によって、違法捜査によって得られた証拠を排除できる余地はあります。

違法収集証拠の排除について弁護士が解説

 

最高裁は、「逮捕の際犯人に対して警察官による暴行陵虐の行為があったとしても、そのために公訴提起の手続が憲法31条に違反し無効になるものではない」として、後者の考え方にたっています(最高裁昭和41年7月21日)。

 

公訴権濫用についての裁判例

最高裁判所は、昭和55年12月17日の決定で、「検察官の裁量権の逸脱が公訴の提起を無効ならしめる場合のありうることを否定することはできない」として、公訴権濫用により起訴が無効になる場合があると判断しました。

 

しかし、最高裁は同時に、起訴が無効になるのは、「公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られるものというべきである」と判示し、起訴が無効になる可能性が限りなくゼロに近いことを示しました(チッソ川本事件決定)。

 

チッソ川本事件は、水俣病で肉親を失った被告人が、加害会社に抗議に行った際に、従業員に暴行しケガをさせたとして、傷害罪で起訴された事件です。

 

この事件には複雑な背景がありました。

 

水俣病の被害者側は、加害会社に対して何度も抗議活動をしていました。そのような状況で、被害者側と従業員側で何度も小競り合いが生じ、お互いに暴行する等のトラブルが頻発していましたが、加害会社の従業員は誰も起訴されず、被告人だけ起訴されたのです。

 

被告人がケガをさせたことは証拠上明らかでしたが、このような事情をふまえ、東京高等裁判所は、裁判史上初めて、公訴権濫用を認め、公訴棄却判決により裁判を打ち切りました。上で紹介した公訴権濫用のうちの「起訴猶予相当事件の起訴」にあたります。

 

しかし、最高裁は、被告人の犯行態様は軽微なものとはいえず、検察官の起訴を不当とすることはできないとして、公訴権濫用を認めませんでした。

 

従業員側が起訴されず不公平ではないかという指摘についても、他の事件との対比を理由にして、被告人の起訴が著しく不当であるとはいえず、「職務犯罪を構成するような極限的な場合」にあたるとはとうてい考えられないとして、公訴権濫用を認めませんでした。

 

最高裁が、実際に公訴権濫用により裁判を打ち切ったことは今まで一度もありません。

 

公訴権濫用のまとめ

報道によれば、河井元法務大臣は、「検察が違法な司法取引を行った」として公訴棄却を求める方針であり、公訴権濫用の3つのタイプのうち「違法捜査による起訴」を主張すると思われます。

 

違法捜査による起訴と公訴権濫用との関係について最高裁の判例はありませんが、チッソ川本事件の最高裁判例によれば、公訴権濫用が実際に認められる可能性はほぼないと考えられるため、河井元法務大臣も相当に厳しい戦いを強いられるのではないでしょうか?

 

公訴権濫用が認められれば、実質的な審理に入る前に裁判を打ち切ることになるため、裁判の早い段階で、弁護士から公訴権濫用の主張が出されると思われます。

 

河井元法務大臣の弁護士が具体的にどのような主張をするのか注目されます。

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