痴漢事件の繊維鑑定とは?痴漢冤罪の証拠になる?弁護士が解説

このページは弁護士 楠 洋一郎が執筆しています。

 

 

痴漢事件の繊維鑑定とは?

衣類は無数の繊維が集まってできています。誰かの衣類に接触すれば、接触した衣類から小さな繊維の断片がとれて自分の体にくっつきます。

 

 

痴漢事件の「繊維鑑定」とは、被疑者が被害者の衣類に接触したか否かを明らかにするために、被疑者の体に被害者が着ていた衣類と類似した繊維が付着しているか否かを科学的に分析することです。

 

 

痴漢事件の繊維鑑定の方法は?

繊維鑑定は次の4つのプロセスからなります。

 

①繊維片を採取する

透明の粘着テープを鑑定対象にはりつけて繊維片を採取します。その後、粘着テープに透明シートをはりつけ、採取した繊維片がとれないようにします。痴漢事件では、被疑者の指や手のひら、手の甲に粘着テープをはりつけて繊維片を採取します。

②形態を分析する

採取した繊維片がどのような形をしているか顕微鏡を使って観察し、比較対象となる繊維(対照繊維)との類似性を分析します。痴漢事件では、対照繊維は被害者の衣服や下着から採取した繊維になります。

③色調を分析する

顕微分光光度計という機器を使って、繊維片の可視部吸収スペクトルを測定し、対照繊維と色がどの程度似ているのかを分析します。

④材質を分析する

FT-IR顕微鏡という機器を使って、採取した繊維片の赤外吸収スペクトルを測定し、対照繊維と同じ材質かどうかを分析します。このように形・色・材質の3つの側面から、2つの繊維片がどの程度似ているかを分析します。

 

 

痴漢事件の繊維鑑定では、被疑者の指や手のひら等から採取された繊維片と被害者の着用していた服や下着から採取された繊維片がどの程度似ているかを分析します。

 

【参考文献】

法科学における繊維鑑定

 

痴漢事件の繊維鑑定の流れは?

痴漢事件の繊維鑑定は次のような流れで行われます。

 

①痴漢事件が発生

②被疑者が駅の事務室に連行される

③警察官がやってくる

④被疑者の手に透明の粘着テープをはりつける

⑤粘着テープをはぎとる

⑥はぎとった粘着テープに透明シートをはりつけ繊維片をとじこめる

⑦警察が粘着テープを科捜研に送り鑑定を依頼する

⑧科捜研で繊維鑑定を行い鑑定書を作成する

⑨警察に鑑定書を送る

 

痴漢事件の繊維鑑定-結果はいつわかる?

繊維鑑定は痴漢の容疑で検挙された直後になされますが、結果が出ても警察が弁護士に教えてくれるとは限りません。起訴前の時点では、弁護士に証拠を開示する義務はないからです。

 

 

被疑者の手から、被害者が着ていた服の繊維と類似の繊維が発見されなかった場合、「見つかりませんでした。」と正直に教えてくれることは期待できません。

 

 

被疑者が起訴されれば、弁護士が検察側の証拠を閲覧することができるため、繊維鑑定が実施されていれば、検察側に開示請求して鑑定書を見ることができます。

 

繊維鑑定は痴漢冤罪の決め手になる?

痴漢事件の繊維鑑定は、被疑者の手から採取された繊維片が、被害者が着用していた服や下着の繊維と類似しているかどうかを分析することによって、被疑者が被害者の衣類に接触したか否かを明らかにしようとするものです。

 

 

しかし、繊維片は時間とともに手からとれてしまうため、被疑者の手から被害者が着用していた服や下着の繊維と類似の繊維が検出されなかったとしても、被疑者が被害者に接触していないことを意味するわけではありません。

 

 

被疑者の手から被害者の着ていた衣類と類似の繊維が検出されなかったケースで、有罪を認定した判例もあります。

 

【東京高裁平成29年8月29日判決】

1.事案の概要

走行中の電車内で被害者の服の上から右手で尻をなでたとして、迷惑防止条例違反で起訴された事件。繊維鑑定を実施した結果、被告人の手からは被害者が着用していたスカートと類似した繊維片が検出されませんでした。そこで一審の弁護士は、「繊維鑑定の結果は被告人が被害者の衣類に触れていない根拠になる。」と主張しました。

 

2.裁判所の判断

裁判所は、「被告人の手から被害者の服の繊維が検出されなかったとしても不自然とはいえず、また、繊維が被告人の手に移行したとしても、被告人が自分のかばんや服等に触れることにより、繊維が手から他の物に再移行して手から検出されなくなることもありうると考えられる」として、繊維鑑定の結果を考慮せず、被告人の有罪を認定しました。

 

 

繊維鑑定は痴漢有罪の決め手になる?

人が密集する満員電車の中には多くの繊維片が浮遊しています。そのため、被疑者の手からとられた繊維片が被害者の服や下着の繊維に類似しているとしても、必ずしもそれらに由来するとは限りません。

 

 

また、満員電車の中では、被害者が着ていた衣類の繊維が被疑者以外の多くの乗客に付着している可能性もあります。

 

 

そのため、被疑者の手から被害者が着ていた衣類の繊維と似た繊維片が検出されたとしても、その事実だけで被疑者が有罪であると結論付けることはできません。

 

痴漢事件の繊維鑑定の限界

結局のところ痴漢の繊維鑑定は有罪方向でも無罪方向でも決定的な証拠になるわけではありません。

 

 

痴漢冤罪の裁判を担当する弁護士は、繊維鑑定の結果を過度に重視することなく、被害者証言の弾劾や再現実験など総合的な活動により、無罪を目指していくことになります。