覚せい剤事件と尿の採取

このページは弁護士 楠 洋一郎が執筆しています。

 

 

覚せい剤事件で尿を提出しないとどうなる?

警察官の職務質問をうけているときに挙動不審だったり、薬物犯罪の前科があると、警察官に、「尿検査をしますので近くの警察署まで一緒に行きましょう。」等と言われます。もしこれを断った場合はどうなるのでしょうか?

 

警察官の要請を断りつづけた場合、最終的には尿道にカテーテルを差し込まれ、強制的に尿をとられる可能性が高いです。

 

もちろん警察の独断でこのような処分ができるわけではありません。警察が裁判所から強制採尿令状を取得し、その令状に基づき強制採尿を行います。強制採尿令状には、「医師に医学的に相当な方法で採尿を行わせなければならない」と書かれています。そのため、強制採尿は医師が病院で行います。

 

被疑者が病院へ行くことを拒んだ場合、強制採尿令状の効力として、被疑者を病院へ強制的に連行することもできます。

 

強制採尿令状の効力=強制採尿+採尿場所への連行

 

強制採尿が許される3つの要件

強制採尿は、身体の安全にかかわるものですし、屈辱感を与えるものですので、最高裁判所の判例で、次の3つの要件を満たす場合のみ許されるとされています。

 

(1)捜査上真にやむを得ないと認められる場合

「捜査上真にやむを得ないか否か」は主として次の4つの要素によって判断されます。

①被疑事実が重大であること

②嫌疑があること

③当該証拠が重要で取得の必要があること

④代わりになる適当な手段が存在しないこと

 

(2)適切な法律上の手続へ経ていること

強制採尿は、尿という「物」を取得する点で、一種の捜索差押といえることから、捜索差押令状が必要になります。ただ、強制採尿は、通常の捜索差押えと異なり、身体の安全にかかわってくるので、「医師に医学的に相当な方法で採尿を行わせなければならない」旨の条件を捜索差押令状に記載しなければならないとされています。

 

(3)採尿の実施にあたって、被疑者の身体の安全と人格の保護のため十分な配慮が施されていること

実際の運用で問題になるのは、(1)の②の要件です。被疑者に覚せい剤事犯の前科があるだけでは、「嫌疑がある」とはいえません。挙動不審であるとか、腕に新しい注射痕がある等の事情が必要となります。

 

覚せい剤事件で強制的に採尿されることはめったにない

覚せい剤事件で尿の提出を拒みつづけると、最終的には強制採尿令状によって、体をおさえつけられ、カテーテルで採尿される可能性が高いです。

 

もっとも、実際は強制採尿までいくケースはほとんどありません。当初、尿の提出を拒んでいても、警察官に強制採尿令状を見せられると、ほとんどの被疑者は、尿道にカテーテルをさしこまれるよりも、自分で尿をだす方を選択します。

 

覚せい剤事件で任意に尿を提出するときの流れ

覚せい剤事件で任意に尿を提出するときの流れは次のようになります。

 

警察署の便所で、捜査員が被疑者に採尿セットを渡し、パッケージを開けさせる。

被疑者が採尿カップに放尿する。

被疑者が採尿カップに入っている尿を所定の採尿容器に移しかえる。

捜査員が被疑者の面前で採尿容器に栓をする。

捜査員が被疑者に採尿容器を持たせ、被疑者と一緒に取調室まで移動する。

被疑者が所定のシールに日付や名前等を書き、採尿容器に貼りつける。

被疑者に尿の任意提出書に署名・指印させる。

科捜研に送るまで署内の冷蔵庫で採尿容器を保管する。

捜査員が①~⑧までの状況を写真撮影し、採尿状況報告書を作成する

 

採尿後の手続に問題があれば無罪になることも!

裁判所は、次のケースで、警察官が被告人の尿に第三者の尿を混入した疑いがあるとして、尿の鑑定書の証拠価値を疑問とし、被告人に無罪判決を下しました(浦和地裁平成4年1月14日)。

 

【事案】

・警察官が被告人に何も言わずに、被告人に背を向けて紙コップから尿を採尿容器に移していた

・わずかな尿から予試験用の尿をとりわけるのに注射器を使用せず、コップからコップに直接移した

・予試験を被告人の目の前で行わず別室で実施し、結果も被告人に伝えていなかった

・被告人の取調べをしていた時期に、他の被疑者から採取した尿を取調室の床において保管しており、明らかに取扱いがずさんだった

 

採尿にいたる手続に違法性があれば無罪になることも!

(1)【一般論】違法捜査は裁判にどう影響する?

刑事裁判で、捜査に重大な違法性があると認定されれば、検察官はペナルティを受けることになります。検察官が受けるペナルティとは、違法捜査によって得られた証拠(違法収集証拠)を裁判所に提出することができなくなるというものです。

 

提出できなくなった証拠が有罪認定のために重要な証拠であれば、結果として、検察官が有罪を立証できず、無罪になることがあります。

 

【違法捜査の裁判に対する影響】

重大な違法捜査→違法収集証拠を裁判所に提出できない→有罪を立証できない→無罪

 

(2)【覚せい剤】違法捜査は覚せい剤使用の裁判にどう影響する?

採尿にいたる一連の手続に重大な違法性があれば、検察官は、そのような違法行為によって得られた証拠を裁判所に提出することができなくなります。

 

採取された被疑者の尿は科捜研に送られ、専門の職員によって、覚せい剤の成分が含まれているかチェックされます。もし覚せい剤の成分が含まれていれば、検察官は、尿の鑑定書を、覚せい剤を使っていたことの証拠として、裁判所に提出しようとします。

 

もっとも、採尿に至る一連の手続に重大な違法があれば、ペナルティとしてこの尿の鑑定書を証拠として裁判所に提出することができなくなります。

 

尿の鑑定書がなければ、被告人が覚せい剤を使用したことを立証することはできません。被告人が「私は覚せい剤を使用しました」と言っても、それが本当に覚せい剤かどうかは、鑑定しなければわからないからです。

 

そのため、尿の鑑定書が証拠として使えなければ、被告人は無罪となります。

 

(3)採尿に至る一連の手続に重大な違法があり無罪となったケース

①違法な任意同行後の採尿(大阪高裁平成4年2月5日)

・警察官が路上で3時間30分にわたり被告人に職務質問を行う

⇒警察官がフェンスにしがみついている被告人の手指をひきはがしパトカーに乗せる

⇒パトカーが警察署に到着

⇒被告人を取調室に入れる

⇒被告人は取調室から出ることができず、4人の警察官が周りにいる状況で、警察官から腕を見せるように言われ、腕をまくって見せた

⇒警察官が腕に注射痕を見つけ写真撮影

⇒この写真を主たる証拠として強制採尿令状を請求

⇒令状が発付される

⇒警察官が被告人に強制採尿令状を示し、尿を任意提出しないと令状を執行すると言ったところ、被告人が尿の任意提出に応じた

 

【裁判所の判断】

取調室においても暴力を伴う任意同行の影響が残っていた

⇒被告人の腕の注射痕の検分と写真撮影は無令状で行われた強制捜査とみるべき

⇒注射痕の写真は違法な証拠

⇒被告人の尿は、違法な証拠に基づき取得した強制採尿令状の影響により押収されたもの

⇒尿の鑑定書は違法捜査によって得られた違法収集証拠

⇒尿の鑑定書には証拠能力がない

⇒他に覚せい剤の使用を立証できる証拠はない

⇒無罪

 

②無令状で建物への立ち入った後の採尿(大阪高裁平成30年8月30日)

警察官が被告人の様子に不審をいだき職務質問を行う

⇒被告人の挙動や肌の色から覚せい剤使用の嫌疑をいだく

⇒被告人の両ヒジに注射痕をみつける

⇒被告人は警察署への任意同行や尿の任意提出の求めを拒否

⇒警察官が被告人に令状請求をすることを告げた

⇒被告人が自宅に向かって歩き出した

⇒5名の警察官とパトカー数台が被告人を追跡

⇒被告人が建物に入ったところ、おおぜいの警察官も無令状で建物に入ってきて、そのまま居室の前までついてきた

⇒被告人が居室に入ってドアを閉めようとしたところ、複数の警察官がドアを手や足でおさえて閉めさせなかった

⇒被告人は、「今から寝るのでドアを閉めたい」等と言ったが、押し問答のすえ、自らドアのすき間にビニール傘を差しこみ、ドアを少し開けた状態で就寝した

⇒警察官がドアのすきまに棒を差し込んで、閉まらないようにしてドアの前で待機

⇒警察官が強制採尿令状を請求

⇒令状が発付される

⇒警察官が被告人に強制採尿令状を提示

⇒被告人が尿を任意提出

⇒覚せい剤の成分が検出され緊急逮捕された

 

【裁判所の判断】

憲法35条で住居の不可侵が保障されているにもかかわらず、警察官が、令状なく、確信的に住居についてのプライバシーを侵害した違法の程度は大きい

⇒尿は警察官の違法行為を直接利用して得られたものである

⇒尿の鑑定書の証拠能力を否定すべきである

⇒他に覚せい剤の使用を立証できる証拠がない

⇒無罪

 

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