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刑事事件と民事裁判
このページは弁護士 楠 洋一郎が執筆しています。
目次
刑事事件と民事事件は別
刑事事件を起こして判決などの処分が下されると、刑事手続は終了しますが、民事の問題は残ります。刑事事件といっても様々な犯罪がありますが、民事上は民法709条に定められている不法行為として扱われます。
民法709条(不法行為による損害賠償) 故意または過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。 |
刑事事件の被害者が加害者に民事裁判をおこす場合は、この民法709条を根拠として、加害者に損害賠償を請求するという形をとります。
意外に少ない?刑事事件が民事裁判になるケース
刑事と民事は別の手続ですので、被害者は、刑事事件が終了した後に民事裁判で加害者を訴えることも可能です。ただ、意外に思われるかもしれませんが、そのようなケースは多くはありません。理由は次の3つです。
①民事裁判をしてもペイしない
民事裁判を提起するのであれば、弁護士を選任するのが一般的です。弁護士費用は法律事務所や事件の内容によって様々ですが、弁護士が民事裁判の代理人として活動するのであれば、少なくとも30万円程度の報酬をもらわない限り、赤字になってしまう可能性が高いです。
そこから逆算すると、少なくとも50万円程度の損害賠償を見込めるケースでない限りは、民事裁判を起こして勝訴判決を得ても、依頼者の手元にはほとんどお金が残らないことになります。痴漢、盗撮、暴行などの軽微な犯罪では、民事裁判を提起しても、50万円程度の慰謝料を獲得するのは難しいでしょう。
弁護士であればそのあたりの事情をわかっているので、被害者からこのような相談を受けても、受任に至るケースはそれほど多くはありません。
②個人情報が加害者に知られてしまう
民事裁判を提起するためには、まず原告が訴状を裁判所に提出する必要がありますが、訴状には、被告の氏名と住所に加えて、原告の氏名と住所も記載しないといけません。裁判所は、原告から受けとった訴状をそのまま被告の住所に送ります。
弁護士を立てているときは、訴状に弁護士の氏名と法律事務所の住所を書きますが、それと同時に原告の氏名と住所も書かないといけません。
つまり、民事裁判を起こすことによって、自分の氏名と住所が加害者にばれてしまうことになります。特に性犯罪や暴力事件のケースでは、加害者に住所までばれてしまうとなると、ほとんどの被害者が裁判を起こすことにしり込みしてしまいます。
③お金を回収できるかどうかわからない
民事裁判を起こして勝訴した場合であっても、当然に、加害者からお金を回収できるわけではありません。
加害者に不動産や銀行預金などの資産があれば、差し押さえることが可能ですし、勤務先がわかれば、給与を差し押さえることも可能ですが、これらの調査には手間やコストがかかります。調査したが資産は全くなかったということも少なくありません。
加害者としても刑事処分が出る前であれば、示談をすることによって、少しでも処分を軽くしたいという思いもあるでしょうが、刑事処分が出た後は、そのような動機づけがなくなってしまいます。
結果的に、長い時間と多額の弁護士費用をかけて勝訴判決を獲得したにもかかわらず、お金を回収できないケースも多々あります。このような実情を知ると、多くの被害者は民事裁判を起こすことを躊躇します。
民事裁判になりやすい3つの刑事事件
刑事事件が民事裁判に発展することは多くはありませんが、民事裁判になりやすいケースもあります。そのような刑事事件として次の3つが挙げられます。
①過失運転致死傷(交通事故)
交通事故のケースでは、着手金を無料にしている弁護士事務所が少なくありません。任意保険で弁護士特約をつけていれば弁護士費用は保険会社が払ってくれます。
賠償金については、加害者側の保険会社が支払いますので、とりっぱぐれがありません。加害者に住所が開示される点についても、交通事故であればそれほど抵抗はないでしょう。
このような理由により過失運転致死傷のケースでは民事裁判になることが多いです。
②器物損壊
他人の車や店の備品に対する器物損壊は損害額を立証しやすいため、民事裁判になりやすいです。被害額が数万円程度であれば裁判になることはないでしょうが、数十万円になると訴訟リスクが高まります。
加害者に住所が知られる点についても、性犯罪や暴力犯罪に比べると抵抗は少ないでしょう。
③業務上横領
業務上横領のケースでは、特に大企業について、株主に対する責任という観点から、民事裁判を提起することが少なくありません。
加害者が横領したお金で不動産等を購入している場合は、勝訴判決を得た後にそれらの資産を差し押さえて回収を図ることになります。
刑事事件と民事裁判-民事裁判のタイミング
刑事と民事は別の手続ですので、刑事裁判の結果を待つことなく、民事裁判を起こすこともできます。ただ、ほとんどのケースでは、刑事裁判が確定した後に、民事裁判を提起します。
刑事裁判が確定した後であれば、刑事裁判の判決書を民事裁判の証拠として利用できますので、加害者の責任を立証しやすくなるためです。
刑事事件と民事裁判-加害者の個人情報
民事裁判を起こすためには、裁判所に訴状を提出する必要があります。訴状には、被害者(原告)の氏名・住所に加えて、加害者(被告)の氏名・住所を記載しなければいけません。
被害者は、加害者の氏名については、捜査の過程で警察から聞いているかもしれませんが、住所を知らされることは通常ありません。加害者といえどもプライバシーがあるためです。もっとも、被害者も加害者に損害賠償を請求する権利があります。
そこで、被害者が、加害者に損害賠償請求することを明示して、検察官に加害者の氏名や住所の開示を求めれば、検察官はそれに応じるという運用がなされています。
結局、民事裁判になれば、加害者も被害者もお互いの氏名と住所を知ることになります。なお、交通事故のケースでは、加害者の住所については保険会社に確認するか、警察から交通事故証明書を取り寄せ確認することになります。
刑事事件と民事裁判-裁判所の土地管轄
刑事裁判の土地管轄は、通常、捜査を担当している警察署によって決まります。例えば、東京23区内の警察署が捜査している詐欺事件の刑事裁判は、東京地方裁判所で行われます。
一方、民事裁判の管轄は、被害者の住所によって決まります。
被害者と加害者が離れたところに住んでいる場合は、加害者(の弁護士)が被害者の住所近くの裁判所まで出向くことになります。
刑事事件と民事裁判-刑事事件の記録
民事裁判は刑事裁判が確定した後に起こされるのが通常です。
裁判は証拠に基づいて行われます。そのため、検察官は有罪を立証するために、裁判所に様々な証拠書類を提出します。これらの証拠書類は裁判が確定した後は、裁判所から検察庁に戻され、そこで保管されます。
刑事裁判が終わった後に民事裁判を提起する場合は、被害者側がこれらの証拠のコピーを検察庁から取り寄せ、民事裁判の証拠として利用することが多いです。ただ、検察庁も全ての記録のコピーを被害者に渡すわけではなく、加害者の顔写真や勤務先についてはマスキングして渡します。
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