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一部執行猶予とは?要件・期間・仮釈放についてわかりやすく解説
このページは弁護士 楠 洋一郎が執筆しています。
目次
一部執行猶予とは
1.一部執行猶予の意味
一部執行猶予とは、懲役刑・禁錮刑の一部のみについて執行を猶予することです。猶予された一部の懲役刑・禁錮刑については、直ちに刑務所で服役する必要はありません。
猶予されなかった部分は実刑となるため、刑務所で服役することになります。以前は全部執行猶予しかありませんでしたが、2016年6月から一部執行猶予が導入されました。
2.一部執行猶予の判決
一部執行猶予の判決は次のようになります。
「被告人を懲役1年6月に処する。その刑の一部である4月の執行を2年間猶予する。」
これに対して全部執行猶予の判決は次のようになります。
「被告人を懲役1年6月に処する。この裁判の確定の日から3年間その刑の全部の執行を猶予する。」
3.一部執行猶予はいつから?
一部執行猶予になると、まず先に刑務所に入れられ、実刑となった懲役刑・禁錮刑の執行を受けます。実刑の刑期を終えた後に執行猶予がスタートします。
上の判決で説明すると、実刑である1年2か月が終了した後に2年の執行猶予がスタートします。執行猶予が取り消されなければ、残り4か月については服役する必要がなくなります。
4.一部執行猶予される刑はどのくらい?
一部執行猶予は基本的には実刑判決であり、社会の中で更生させるために特別に一部のみ執行猶予にするという制度です。
そのため、執行猶予が付される期間は実刑の4分の1以内にとどまるのが通常です。以下のような判決になることはまずありません。
「被告人を懲役2年に処する。その刑の一部である1年の執行を2年間猶予する。」
5.一部執行猶予の期間はどのくらい?
一部執行猶予の猶予期間は法律で1年~5年とされています。
一部執行猶予の目的は?
一部執行猶予の目的は、罪を犯した人を「社会の中で」更生させることです。
性犯罪や薬物犯罪、暴力犯罪、飲酒運転等については、刑務所の中で更生プログラムが実施されています。ただ、刑務所という特殊な環境の中でプログラムを受けても本当に更生したとはいえません。
出所してすぐに再犯してしまい刑務所に逆戻りする人もいます。本当の意味で更生するためには、誘惑の多い社会のなかで更生に向けて努力する必要があります。
一部執行猶予は、出所後に社会の中で更生プログラムを受けてもらい、「再犯すれば執行猶予が取り消される」という緊迫した状況のなかで、更生を促すことを目的としています。
一部執行猶予の要件
一部執行猶予の要件は次の3つです。
1. 前科についての要件
次の①~③のいずれかに該当することが必要です
① 前に禁錮刑・懲役刑に処せられたことがない
② 前に禁錮刑・懲役刑に処せられたことがあるが、全部の執行を猶予された
③ 前に禁錮刑・懲役刑に処せられたことがあるが、刑の執行を終えた日から5年以内に禁錮刑・懲役刑に処せられたことがない
累犯者の多くは③に該当するため一部執行猶予を受けることはできません。
2. 判決についての要件
3年以下の懲役刑・禁錮刑の場合に限り一部執行猶予を付けることができます。
3. 必要性・相当性
一部執行猶予にするためには、犯情の重さや被告人の境遇などの情状を考慮して、再犯防止のために必要かつ相当であることが必要です。
一部執行猶予と仮釈放
一部執行猶予の実刑部分についても仮に釈放することが可能です。実際にも多くのケースで仮釈放されています。そのため、一部執行猶予判決を受けた場合に刑務所で服役する期間は次のようになります。
一部執行猶予の実刑部分-仮釈放になった期間
⇒仮釈放とは?仮釈放につながる3つのポイント等を弁護士が解説
一部執行猶予と保護観察
一部執行猶予にする場合、猶予期間中は保護観察をつけることができます。
保護観察になると保護観察官や保護司の指導・監督に従う必要があります。保護観察中に遵守事項というルールに違反すると、執行猶予が取り消されることもあります。
刑法では、一部執行猶予判決を言い渡す場合は「保護観察に付することができる」となっており、必ず保護観察をつけなければいけないわけではありません。
もっとも、一部執行猶予の目的は「誘惑の多い社会の中で更生させる」ことですので、きちんと更生できるように、ほとんどのケースで保護観察がつけられています。
⇒保護観察とは?保護観察中にすることや期間、遵守事項について解説
一部執行猶予のメリットとデメリット
一部執行猶予のメリットは、全部実刑判決に比べて刑務所に服役する期間が短くなるということです。もっとも、一部執行猶予に保護観察がつけられた場合は、トータルでみると、全部実刑判決に比べて、国家の干渉を受ける期間が長くなるというデメリットがあります。
| 刑務所に服役する期間 | 保護観察の期間 | 国の干渉を受ける期間 |
懲役2年の実刑判決 | 2年 | 0 | 2年 |
懲役2年うち6カ月について3年間の一部執行猶予+保護観察 | 1年6カ月 | 3年 | 4年6カ月 |
*仮釈放は考慮していません
弁護士としては、このようなデメリットがあることを被告人に説明した上で、一部執行猶予を求めるか否かを決めることが必要です。
ただ、ほとんどの被告人は、「国の干渉を受けてもいいので、とにかく服役する期間を短くしてもらいたい。」と希望されます。
一部執行猶予と薬物犯罪
覚せい剤や大麻などの違法薬物の単純所持・使用については、「薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部執行猶予に関する法律」によって、一部執行猶予の要件が変更されています。具体的な変更点は次の2つです。
①前科の有無や時期にかかわらず一部執行猶予を言い渡すことができる
②一部執行猶予を言い渡すときは必ず保護観察をつけなければならない
通常の犯罪であれば、判決宣告日からさかのぼって5年以内に以前の刑期を終えていれば、一部執行猶予にすることはできませんが、薬物犯罪についてはそのような縛りはありません。
薬物依存については、薬物の誘惑がある社会の中で回復を目指すことが特に重要ですので、一部執行猶予の要件が緩和されました。一方で必ず保護観察をつけることとして監督を強化しています。
一部執行猶予の取消し
一部執行猶予中に罪を犯して懲役・禁錮の判決を受けた場合、再度の(一部)執行猶予はなく、必ず実刑判決になってしまいます。それに伴い当初の一部執行猶予も取り消されてしまいます。
一部執行猶予中に保護観察のルール(遵守事項)に違反したときも、一部執行猶予が取り消される可能性があります。
一部執行猶予より全部執行猶予を目指す
一部執行猶予は、実刑判決と全部執行猶予の中間的な刑ではありません。裁判所が実刑判決にするか全部執行猶予にするか迷ったときに一部執行猶予を言い渡すわけではないのです。
裁判所はまず実刑が相当か全部執行猶予が相当かを判断します。実刑が相当と判断したときに限り、一部執行猶予にするか全部実刑にするかを判断します。
弁護士としては、全部執行猶予を狙えるケースでは、一部執行猶予ではなく全部執行猶予を主張すべきです。
全部執行猶予を獲得できるか微妙なケースでは、全部執行猶予を主張しつつ予備的に一部執行猶予を主張することになります。
一部執行猶予を獲得するために
一部執行猶予を獲得するためには、一部執行猶予の必要性と相当性を弁護士が手厚く主張する必要があります。必要性と相当性が認められるためには次の2点を説明する必要があります。
1.社会内で更生させるための具体的な方法がある
2.被告人に対してその方法を効果的に実施できる
1.社会内で更生させるための具体的な方法がある
薬物犯罪、性犯罪、暴力犯罪、飲酒運転については、保護観察所が再犯防止のための専門プログラムを実施していますので、具体的な方法があるといいやすいでしょう。
保護観察所の専門プログラムがない犯罪については、民間のクリニックで再犯防止のためのプログラムが実施されていることを、弁護士が裁判所に説明することが必要です。
例えば、クレプトマニア(窃盗症)については、保護観察所の更生プログラムは存在しませんが、民間のクリニックでクレプトマニアの治療を行っているところがありますので、そのようなクリニックの存在や治療プログラムの内容を弁護士が裁判所に説明します。
2.被告人に対してその方法を効果的に実施できる
更生プログラムが存在しても、被告人にプログラムを受ける意欲がなければ、社会内での更生は難しくなります。
また、再犯防止活動は長期にわたって継続する必要があることから家族の協力も不可欠です。そのため、民間のクリニックを利用するのであれば、早期にクリニックに通院し、治療プログラムを受けてもらいます。
その上で、被告人質問で通院の状況やプログラムの内容について語ってもらいます。ご家族にも情状証人として、ご本人の更生をどのようにサポートしていくのかを話してもらいます。
⇒情状証人とは?尋問の流れや本番で役に立つ4つのポイントを弁護士が解説
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