電子計算機使用詐欺とは?判例をふまえてポイントをわかりやすく解説

山口県阿武町の4630万円誤送金事件で。電子計算機使用詐欺という犯罪が注目を浴びました。

 

 

誤送金された口座の持ち主である男性は、オンラインカジノをするために全額を決済代行業者の口座に振り込み、電子計算機使用詐欺で逮捕・起訴されました。

 

 

このページでは弁護士 楠 洋一郎が、電子計算機使用詐欺の種類やよくある事件のタイプ、弁護活動のポイントをまとめました。参考にしていただければ幸いです。

 

 

 

 

電子計算機使用詐欺とは?

電子計算機使用詐欺とは、簡単に言うとコンピューターに虚偽の情報を入力したり読み取らせて、または、コンピューターに不正の指令を与えて、財産上の利益を得る犯罪です。

 

 

詐欺罪は「人」をだます犯罪です。詐欺罪が創設された当時はコンピューターは普及しておらず、詐欺の対象は人に限られていました。

 

 

ところが、テクノロジーの発達により、コンピューターで様々な財産的処理がなされるようになり、それに伴いコンピューターを悪用して不正な利益を得る詐欺的な行為が目立つようになりました。

 

 

詐欺的な行為と言っても、人をだましていなければ詐欺罪で処罰することはできません。

 

 

そのため、従来の詐欺罪で対応できないコンピューター犯罪を取り締まるために、1987年に電子計算機使用詐欺罪が新たに設けられました。電子計算機使用詐欺罪の条文は以下のとおりです。

 

 

【刑法246条の2】 

前条に規定するもののほか、人の事務処理に使用する電子計算機に虚偽の情報若しくは不正な指令を与えて財産権の得喪若しくは変更に係る不実の電磁的記録を作り、又は財産権の得喪若しくは変更に係る虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供して、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者は、十年以下の懲役に処する。

 

 

電子計算機使用詐欺の刑罰

電子計算機使用詐欺の刑罰は、通常の詐欺と同じで10年以下の懲役です。

 

 

窃盗罪と異なり罰金刑はありませんので、起訴されれば正式裁判となり、公開の法廷で審理され、検察官から懲役刑を請求されることになります。

 

 

電子計算機使用詐欺の時効

1.刑事事件の時効

刑事事件の時効を公訴時効といいます、公訴時効が経過すると起訴することができなくなります。電子計算機使用詐欺の公訴時効は7年です。

 

 

2.民事事件の時効

電子計算機使用詐欺は民法上の不法行為として民事事件にもなり得ます。民事事件の時効は被害者が損害と加害者を知ってから3年、または行為のときから20年です。

 

 

電子計算機使用詐欺の2つのタイプ

電子計算機使用詐欺には次の2つのタイプがあります。

 

 

①財産的処理に使われるコンピューターに虚偽の情報または不正の指令を与えて、財産権の取得・喪失・変更に関する虚偽の情報を作り出すことにより、財産上不法の利益を得るか、他人に得させること

 

 

②財産権の取得・喪失・変更に関する虚偽の情報を、財産的処理に使われるコンピューターに読み取らせて、財産上不法の利益を得るか、他人に得させること

 

 

この説明だけではわかりにくいので、例をあげてわかりやすく説明すると次のようになります。

 

 

①のタイプ

拾った他人のカード情報をネットショップの決済画面に入力して商品を購入した

②のタイプ

拾った他人名義のプリペイドカードを読み取り機にタッチして商品を購入した

 

 

PCやスマートフォンで入力操作をする場合は①のタイプの電子計算機使用詐欺、機械にカードを読みとらせる場合は②のタイプの電子計算機使用詐欺になります。

 

 

電子計算機使用詐欺の「虚偽の情報」とは?

1.情報自体が虚偽とはいえない

電子計算機使用詐欺の要件となる「虚偽の情報」の「虚偽」とはどのような意味でしょうか?例えば、次のケースではコンピューターに入力した情報や読み取らせた情報自体は虚偽ではありません。

 

 

【事例A:カードの不正利用】

拾ったクレジットカードに記載されている名義人の氏名やカード番号、有効期間をネットショップの決済画面に入力して不正に商品を買った

→入力したカード情報自体は虚偽とはいえない。

 

 

【具体例B:キセル乗車】

キセル乗車をするために利用区間に対応していない乗車券を下車駅の改札に入れた場合

→乗車券は券売機で購入したものであり、エンコードされている情報そのものが虚偽というわけではない。

 

山口県阿武町の4630万円誤入金事件でも、被告人がネットバンクに入力した振込先の口座情報や振込額などは虚偽ではありません。弁護士も「虚偽の情報を入力していない」と主張しています。

 

 

2.「虚偽の情報」に関する判例

判例は、電子計算機使用詐欺の「虚偽の情報」について、「電子計算機を使用する当該事務処理システムにおいて予定されている事務処理の目的に照らし、その内容が真実に反する情報」が「虚偽の情報」であるとしています(東京高裁平成5年6月29日)。

 

 

3.事前に示談や被害弁償をする

虚偽の情報の意味を判例のように理解すると、上で紹介した事例に出てくる情報はいずれも虚偽ということになります。

 

 

【事例A:カードの不正利用】

名義人以外の者がカードを使用して買い物をすることは認められていないため、カード決済システムの目的に照らすと、決裁画面に入力したカード情報は「虚偽の情報」になります。

→①のタイプの電子計算機使用詐欺罪が成立します。

 

 

【事例②:カードの不正利用】

下車駅の自動改札機に入れた乗車券は実際の乗車区間に対応していないので、鉄道会社が認めた使い方ではなく、「乗車区間に対応した利用料金を徴収する」という自動改札システムの目的に照らすと、虚偽の情報にあたります。

→②のタイプの電子計算機使用詐欺罪が成立します。

 

山口県阿武町の4630万円誤入金事件でも、ネットバンクを利用した振り込みは、正当な権限に基づく振込を想定しており、誤入金された金銭を無断で振り込むことは想定されていないため、ネットバンクによる決済システムの目的に照らすと、虚偽の情報を入力したとして、①のタイプの電子計算機使用詐欺罪が成立する可能性が高いです。。

 

 

電子計算機使用詐欺でよくあるケース

1.会社従業員による着服

典型的なケースは銀行員による着服です。銀行員が預金端末を操作して、預金システムのコンピューターに虚偽の情報を入力して、自分の口座にお金を振り込ませるケースです。

 

 

大企業であれば、銀行と提携することにより、銀行のオンラインシステムを利用して、社員の卓上PCから取引先への入金操作を行うことができるので、不正に操作して自分の口座に振り込ませた場合は、①のタイプの電子計算機使用詐欺が成立します。

 

 

2.キセル乗車

有人改札を通過するキセル乗車は詐欺、自動改札を通過するキセル乗車は電子計算機使用詐欺になります。

 

 

ひと昔前は有人改札しかなくキセル乗車が横行していましたが、現在では自動改札機が普及しており、キセル乗車は少なくなりました。

 

 

もっとも、利用区間に無人駅が存在する場合などには、一度も自動改札に通していない乗車券でも、下車駅の自動改札を通過できることがあり、このようなケースでは②のタイプの電子計算機使用詐欺が成立します。

 

 

3.還付金詐欺

被害者に電話をかけて、「保険の還付金を受けとれます。」、「お金を受けとるためにまずは〇万円を今から言う口座に振り込んでください。」等と言って、被害者自身にATMを操作させ、詐欺グループの口座にお金を振り込ませるケースです。

 

 

被害者がATMに入力した情報それ自体は誤りではないですが、被害者は詐欺グループの口座にお金を振り込む意思はなかったことから、「虚偽の情報」を銀行のコンピューターに入力させたとして、①のタイプの電子計算機使用詐欺が成立します。

 

 

電子計算機使用詐欺と逮捕・起訴

1. 会社従業員による着服

このタイプの電子計算機使用詐欺の特徴として、何度も繰り返し行われ、被害が多額になりやすいという点があげられます。被害額が1億円を超えることも少なくありません。

 

 

このようなケースでは、示談が成立しない限り、逮捕・起訴される可能性が高いです。起訴後に執行猶予になる否かは、被害額と示談の有無や被害弁済の状況によります。

 

 

示談が成立しておらず、被害弁償していない金額が数百万円に達している場合は、実刑の可能性が高くなります。

 

 

2.キセル乗車

キセル乗車のケースでは、余罪を含めても被害額は数千円から数十万円程度であり、100万円を超えることはまれです。

 

 

そのため、身元が不安定であるとか執行猶予中である等の特別な事情がない限り、容疑を認めれば逮捕される可能性は低いです。

 

 

もっとも、自動改札機が普及した今日においては、かなり巧妙な手口を用いなければキセル乗車はできないため、悪質と評価されやすく、示談や被害弁償をしない限りは、起訴される可能性が高いです。

 

 

起訴されても、前科がなければ執行猶予になる可能性が高いです。

 

 

3.還付金詐欺

還付金詐欺は、詐欺グループによる組織犯罪であり、反復・継続して行われ、被害も多額になるため、在宅で捜査が進められることはなく、逮捕・勾留されます。

 

 

その後は、嫌疑不十分により不起訴とならない限り、起訴されることになります。余罪が複数あるケースでは、再逮捕追起訴が続き、実刑判決になることが多いです。

 

電子計算機使用詐欺の弁護活動

1.会社従業員による着服

会社との間で示談をまとめることが最も重要な弁護活動になります。会社に発覚してから逮捕・起訴されるまで1年以上かかることが多いので、その間に不動産等を売却して資金を作り、会社と示談交渉することになります。

 

2.キセル乗車

鉄道会社との間で示談が成立すれば不起訴になる可能性が非常に高いです。遠距離通勤やアイドルの追っかけ等のケースで余罪が多数あれば、示談に応じてもらえないこともあります。

 

 

その場合でも被害弁償や供託をすることにより不起訴になる余地は十分にあります。早めに弁護士をつけて被害者対応に動いた方がよいでしょう。

 

 

3.還付金詐欺

示談をすることによって執行猶予の可能性が高まります。還付金詐欺のケースでは、複数のかけ子が役割分担をして協力しながら被害者をだますことが多いです。

 

 

そのため、「共謀共同正犯」といって、他のメンバーが行った詐欺についても刑事責任を問われます。多数の被害者がいるケースでは、共犯者と分担して示談金を支払うこともあります。示談交渉は各共犯者の弁護士が分担して行います。

 

 

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