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責任能力とは?責任能力なしで無罪になる理由や精神鑑定について解説
このページは弁護士 楠 洋一郎が執筆しています。
目次
責任能力とは
責任能力とは、①物事の善悪を判断し、②その判断に従って自らの行動をコントロールする能力のことです。①の能力を事理弁識能力、②の能力を行動制御能力といいます。
責任能力は程度に応じて、心神喪失、心神耗弱、完全責任能力の3つに分類されます。
1.心神喪失とは
精神の障害により事理弁識能力または行動制御能力のいずれかが欠けている状態を心神喪失といいます。心神喪失者は犯罪行為をしても処罰されません。
起訴された後に心神喪失と認定されると無罪になります。心神喪失は責任無能力とも呼ばれます。
【刑法39条1項】 心神喪失者の行為は、罰しない。 |
【精神の障害とは】 精神の障害とは、精神状態が異常なことをいいます。統合失調症や躁うつ病などの精神病にかかっているケースが典型です。ただ、精神病に限られるわけではなく、知的障害や飲酒による酩酊なども含まれます。 |
2.心神耗弱とは
精神の障害により事理弁識能力または行動制御能力のいずれかが著しく制限されている状態を心身耗弱といいます。心神耗弱者が犯罪行為をした場合は減刑されます。心神耗弱は限定責任能力とも呼ばれます。
【刑法39条2項】 心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。 |
3.完全責任能力とは
完全責任能力とは刑事責任を完全に問える能力のことです。心神喪失でも心神耗弱でもなければ完全責任能力があることになります。
「完全」という言葉が使われていますが、「精神機能に全く問題がない」という意味ではなく、刑事責任を問えるだけの責任能力があるという意味です。
責任能力なしで無罪はおかしい?
1.責任能力なしで無罪になる理由
責任能力がない心神喪失者は、犯罪行為をしても無罪になります。犯罪をした人に刑罰が科されるのは、法令という社会のルールに違反したことが非難に値するからです。
人を非難するためには、「やってよいことと悪いこと」の区別ができ、その区別にしたがって自分の行動をコントロールできることが前提になります。
心身喪失者にはそのような能力が欠けているため、犯罪にあたる行為をしても非難することができません。そのため、刑事責任を問えず無罪になるのです。
2.責任能力なしで無罪になることは少ない
殺人罪などの重大犯罪では、国民の多くが、責任能力がないとの理由で無罪になることに強い抵抗感を持っています。
裁判所もそのような世論に引きずられる傾向があるため、親族以外の人間が殺害された事件では、たとえ被告人に精神障害が認められても、責任能力を否定して無罪判決を下すことはまずありません。
責任能力がないとして無罪判決が下されるケースは、日本全国で年に数件しかありません。ただ、不起訴になる件数は毎年500件前後あります。
責任能力は誰が判断するのか?
刑事事件で責任能力が問題になるケースでは、精神鑑定が実施されます。精神科医が鑑定人として加害者を診察し、精神疾患が犯行に及ぼした影響等について意見を述べます。
もっとも、責任能力は、加害者を「法的に」非難できるかどうかという問題ですので、責任能力の有無や程度を最終的に判断するのは法律家です。
起訴前であれば、検察官が責任能力について最終的に判断し、起訴するか不起訴にするかを決めます。起訴後であれば、裁判官や裁判員が責任能力について最終的に判断し、その判断に基づき判決を下します。
とはいえ、裁判官も検察官も、精神医学については素人ですので、責任能力について判断するためには、専門家の意見を参考にする必要があります。
そのため、鑑定人の能力に問題があったり、診断の参考にした資料が間違っていた等の特別の事情がない限り、検察官も裁判官も医師の意見を十分に尊重した上で、責任能力の有無や程度を判断します。
責任能力はどのように判断するのか?
裁判所は、「精神の障害」という生物学的要素と事理弁識能力・行動制御能力という心理学的要素を併用して、責任能力について判断しています。
生物学的要素だけで判断すると、特定の精神病にかかっていたり、知能指数が一定以下であれば一律に責任能力が否定されてしまい、事案に応じて柔軟に判断することができなくなります。
他方で心理学的要素だけで判断すると、基準があいまいで裁判官によって判断が大きく異なってくることがあります。
そのため、裁判所は生物的要素と心理学的要素の両面から責任能力の有無や程度について判断しています。
責任能力と訴訟能力の違い
責任能力が必要となるタイミングは犯罪の実行行為をした時点です。殺人罪であれば人を殺した時点で責任能力がなければ犯罪は成立しません。
実行行為をした時点では責任能力があったものの、認知症などの影響で、裁判の時点では正常な判断能力がなくなってしまった場合は、責任能力の問題ではなく、訴訟能力の問題になります。
訴訟能力がなく回復の見込みもないと認定されると、無罪判決ではなく、公訴棄却により裁判が打ち切られます。
責任能力が問題になりやすいケース
1.統合失調症
責任能力について最も問題になりやすいのは、統合失調症のケースです。心神喪失で無罪になった被告人の多くが、統合失調症で幻覚や妄想に支配された状態で犯行に及んでいます。
もっとも、単に統合失調症にかかっているというだけで、責任能力が否定されるわけではありません。責任能力の有無や程度は、犯行前の生活状況や犯行時の病状、幻覚や妄想の内容、犯行の動機、手口などの事情を総合して判断されます。
2.うつ病
うつ病は気分障害であり、幻覚や妄想に支配されることはほとんどありません。
そのため、一般人が理解できない動機で犯行に及ぶというより、追いつめられて視野が狭くなり「家族を殺して死ぬしかない。」といった短絡的な動機で犯行に及ぶことが多いです。
うつ病が問題になるのは拡大自殺や放火のケースが多いです。症状が重い場合は、心神喪失で無罪とされることもあります。
3.知的障害
知的障害があれば、善悪を判断したり、自分の行動をコントロールすることが難しくなります。一般的にIQが30前後の場合は心神喪失とされやすいです。
ただ、IQの数値のみで一律に判断されるわけではなく、犯行の種類と知的障害との関係や自閉症など他の精神障害を合併していないかといった観点から個別に判断されます。
4.発達障害
自閉症やアスペルガー症候群などの発達障害の特徴として、コミュニケーションが苦手、特定の事柄に強いこだわりを持つ、思考の柔軟性が乏しいといった点が挙げられます。
こうした特徴のために、相手の発言を誤解したり、柔軟な対応をすることができず犯罪行為をしてしまうことがあります。
ただ、統合失調症のように明らかに病的というわけではありませんので、まれに心神耗弱で減刑されることはありますが、ほとんどのケースで完全責任能力が認められています。
5.多重人格
多重人格は、解離性同一性障害とも言われ、一人の人間の中に複数の人格が存在し、何らかのきっかけにより人格が交代することが特徴です。
それぞれの人格は独立していて、他の人格が表れている期間の記憶はありません。幼児期の虐待が原因であることが多いと言われています。
刑事事件で多重人格が問題になる場合、「犯罪をしたのは私ではなく、別の人格です。」と主張するケースが多いです。
多重人格は症状を偽る詐病のケースが多いと言われており、精神鑑定でもよく問題になります。鑑定で詐病ではないと判断された場合は、心神喪失や心身耗弱になる余地も十分にあります。
6.クレプトマニア
クレプトマニアとは盗みたいという衝動を抑えることができず万引きを繰り返してしまう精神疾患です。
⇒クレプトマニア(窃盗症)とは?特徴や治療のためのクリニック
クレプトマニアであることのみを理由として心身喪失で無罪とした判決は出ていません。
クレプトマニアが問題になる事件では、摂食障害(過食嘔吐)の方が「食費を節約するために万引きした」というケースが多く、動機が理解可能なことから、心神耗弱になることもほとんどありません。
ただ、他の精神障害を合併している場合は、総合的な観点から心神耗弱と認定される余地もあるでしょう。
責任能力と精神鑑定
1.精神鑑定の3つの種類
起訴前は検察官、起訴後は裁判官(裁判員)が責任能力の有無や程度を判断します。検察官や裁判官は精神医学の専門家ではないため、判断にあたって医師の精神鑑定を参考にします。
精神鑑定には次の3つの種類があります。
起訴前 | 起訴後 |
裁判所が実施する鑑定 | |
2.起訴前の精神鑑定
検察官は、犯行直後の被疑者の言動などから、責任能力が問題になると判断すれば、簡易鑑定や起訴前本鑑定の手続きをとります。
簡易鑑定は、医師が1回1時間くらい被疑者を問診するだけの簡単な鑑定です。起訴前本鑑定は、被疑者を2,3か月、精神科病棟や拘置所に留置して、医師が継続的に診察する本格的な鑑定です。
どちらの鑑定も、検察官が、検察庁に登録している医師の中から鑑定人を選定します。
殺人や放火などマスコミで報道されるような重大犯罪で責任能力が問題になるケースでは、起訴前本鑑定が実施されます。窃盗や住居侵入など軽微な犯罪では簡易鑑定しか実施されないことが多いです。
3.起訴後の精神鑑定
起訴後に責任能力が問題になる場合は、弁護士の請求により、裁判所が鑑定を実施することがあります。裁判所が鑑定人の名簿のなかから医師を選び、被告人を診断させます。その後に医師の証人尋問を実施します。
裁判員裁判では公判前整理手続の期間中に鑑定を実施します。
完全責任能力でも不起訴・執行猶予の余地あり
完全責任能力が認められても、次の4つの事情があれば、不起訴や執行猶予を獲得できる可能性が高まります。
①本人が精神的な問題を自覚している
②本人が治療を受けることに意欲的である
③実際にクリニックに通院して治療を受けている
④家族が本人の更生をサポートしている
これらの事情があれば、再犯の可能性が低くなると考えられるため、起訴する必要性や実刑判決にする必要性が低下するからです。
クレプトマニアや性犯罪のケースでは、責任能力を争うのではなく、再犯防止の取り組みを強調することにより、不起訴や執行猶予を目指す方法もあります。
どちらの方針をとるかは刑事事件の経験豊富な弁護士にご相談ください。
責任能力なしで無罪-その後はどうなる?
責任能力なしで無罪になると、勾留されていても釈放されます。
そのまま元の生活に戻ると、精神的な問題により再び同様の事件を起こしてしまうおそれがあります。家族や近隣の住民も不安を抱きながら生活をしなければなりません。
そこで、責任能力なしで無罪になった人が病状を改善した上で社会復帰できるよう、医療観察制度が定められています。
殺人や放火等の一定の重大犯罪で責任能力なしで無罪になると、検察官が地方裁判所に審判を申し立てます。対象者は精神鑑定を受けるために強制的に入院させられます(鑑定入院)。
その後、裁判所の審判で以下の3つのいずれかの決定が出されます。
①入院決定
②通院決定
③入院も通院もさせない旨の決定
殺人や放火等の重大犯罪で無罪になった場合、入院決定が出て、精神科の閉鎖病棟に強制入院させられることが多いです。期間はおおむね18カ月になります。退院後も原則3年、最長5年にわたって通院する必要があります。
審判前の鑑定入院中から、社会復帰調整官と呼ばれる保護観察所の専門職員がつき、社会復帰に向けて対象者をきめ細かくサポートします。
14歳未満は責任能力なし
14歳未満の児童には責任能力がなく、犯罪行為をしても処罰されません。14歳未満の児童を「刑事未成年」といいます。
【刑法41条】 14歳に満たない者の行為は、罰しない。 |
一般的に14歳未満の児童は未成熟であり、犯罪行為をしても環境が整えば更生する可能性が高いことから、政策的に不処罰とされています。
もっとも、14歳未満の児童であっても、刑法に触れる行為をした場合は、触法少年として児童自立支援施設や児童養護施設に送致される等の保護処分を受ける可能性があります。12歳以上であれば少年院に収容されることもあります。
⇒触法少年とは?事件の流れや児童相談所の一時保護について解説
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