刑事事件と供託

刑事事件と供託

 

刑事事件で被害者と示談できなかったとしても、被害者に賠償金を受けとってもらえる可能性があります。賠償金を受けとってもらえれば、不起訴や執行猶予の可能性が上がります。

 

 

そのための方法が供託です。

 

 

このページでは弁護士 楠 洋一郎が刑事事件で供託をするメリットや、供託する際のポイント、供託の方法などについて解説しています。ぜひ参考にしてみてください。

 

 

 

供託とは

1.弁済供託

供託にはいくつかの種類があります。最も利用されている弁済供託は、債権者がお金を受けとってくれないときに、債務者が供託所にそのお金を納めることです。

 

 

弁済供託をすれば、債務者が債権者にお金を払う義務がなくなります。

 

 

供託には他にも種類がありますが、刑事事件に関連するのは弁済供託ですので、このページでは弁済供託について解説しています。また、弁済供託の意味で「供託」という言葉を使っています。

 

 

2.供託のメリット

供託が必要なケースとしては、「アパートの賃借人が家主に家賃を払いに行ったが、家主がそれを受けとらなかった場合」が挙げられます。「そんなことあるの?」と思われるかもしれません。

 

 

しかし、家主が賃借人を追い出したいと思っていれば、あえて家賃を受けとらないことも考えられます。家賃を受けとってもらえないからといって、支払い義務がなくなるわけではありません。

 

 

賃借人が放置していると、あとで家主から「家賃を払ってくれないので退去してくれ」等と言いがかりをつけられる可能性があります。

 

 

供託所に家賃を供託しておけば、支払義務がなくなるため、このような言いがかりを阻止することができます。

 

 

3.供託したお金はどうなる

先のケースで、賃借人が家賃を供託すれば、家主は供託所に請求して、そのお金を受け取ることができます。これを供託金の還付といいます。

 

 

家主が還付請求をしない場合、賃借人は、供託所に請求して、供託金を返してもらうことができます。これを供託金の取り戻しといいます。

 

 

刑事事件で供託をするメリット

刑事事件で供託をするメリットは、先ほどの家賃の例のように、相手の言いがかりを阻止するためというより、事件によって生じた被害を回復するためです。

 

 

痴漢盗撮などの性犯罪、暴行傷害などの暴力犯罪をはじめとして、多くの刑事事件には被害者がいます。被害者がいる刑事事件では、被害者と示談をすることが大切です。示談が成立すれば、示談金を被害者に支払うことによって被害回復を行うことになります。

 

 

もっとも、常に示談が成立するとは限りません。示談が成立しない場合でも、供託という形で被害回復に向けた活動をすることによって、有利な情状として評価され、刑事処分が軽くなる可能性が高まります。

 

 

刑事事件で供託をするためのポイント

1.被害者の氏名がわからないケース

刑事事件では被害者の氏名がわからないことがあります。被害者の氏名がわからないと被供託者を特定できないため、供託することはできません。

 

 

起訴後であれば、被害者の氏名が書かれた起訴状が加害者に郵送されますので、それを見れば氏名がわかります。

 

 

起訴前の時点では、交通事件を除いて、警察官や検察官が加害者本人に被害者の氏名や電話番号を教えることは通常ありません。

 

 

ただ、弁護士がついていれば、警察官や検察官は、被害者の意向を確認し、氏名や電話番号を教えてもよいということであれば、弁護士限りで教えてくれます。

 

 

弁護士が間に入ることにより、多くのケースでは氏名や電話番号を教えてくれますが、性犯罪等では、被害者が氏名を教えることを望まないこともあります。そのようなケースでは供託できないことになります。

 

 

この場合、贖罪寄付を検討することになります。贖罪寄付は被害者の氏名がわからなくても可能です。

贖罪寄付とは?金額・タイミング・方法について

 

 

2.被害者の住所がわからないケース

刑事事件では「被害者の氏名は知っているけれども住所は知らない」というケースがよくあります。被害者がどこに住んでいるのか全くわからなければ、供託をすることはできません。

 

 

供託を受け付けているのは法務局です。法務局の管轄は被害者の住所によって決まります。そのため、被害者の住所が全く分からなければ管轄の法務局を特定できず、供託できないことになります。

 

 

管轄の法務局を特定できる程度に住所が判明していれば供託できます。例えば、「東京都23区内に住んでいることは確実だが、どの区に住んでいるかわからない」という場合は供託することができます。

 

 

東京23区は全て東京法務局の管轄です。そのため区まで特定できていなくても供託することができるのです。

 

 

法務局によっては、「同姓同名の人間もいるので氏名と住所が完全に判明していなければ、供託申請を受理できない。」と言われることもあります。

 

 

しかし、供託書の備考欄に裁判所の事件番号や検察庁の検番を記載すれば、それをもって被供託者は特定できますので、弁護士が粘り強く法務局と交渉することが大切です。

 

 

供託金の決め方

1.財産的な損害

被害者のお金をとったり、ケガを負わせて治療費を支出させた場合など、財産的な損害を与えた場合は、その損害額が供託金の基準となります。

 

 

2.精神的な損害(慰謝料)

慰謝料については金額を決める明確な基準はありません。そのため、加害者側の判断で金額を決めることになります。供託所が加害者に対して、事件の内容をふまえて、「この事件であれば50万円になります」等と具体的な金額を教えてくれるわけではありません。

 

 

慰謝料について供託金額は自由に決められますが、刑事事件で供託をする場合、事件の内容に応じてある程度の相場があります。

 

 

相場よりも著しく低い金額で供託しても、被害者の感情を逆なでしてかえって逆効果になることもあります。金額については弁護士に相談して決めた方がよいでしょう。

 

 

供託金と遅延損害金

供託に際しては、損害の元金だけではなく、遅延損害金もあわせて納付しないと、受けつけてもらえません。

 

 

供託に際しては、損害の元金だけではなく、遅延損害金もあわせて供託しないと受けつけてもらえません。刑事事件(不法行為)の遅延損害金は次のとおりです。

 

2020年3月31日以前に発生した刑事事件パーセント
2020年4月1日以降に発生した刑事事件パーセント

 

1年未満の場合は日割りで計算します。2020年4月1日を境に比率が異なっているのは民放が改正されたためです。

 

 

供託と弁済の提供

供託をするためには、加害者側から被害者に対して、「賠償金と遅延損害金を払いますので受けとってください」とアプローチして拒否される必要があります。拒否されなければ、供託するまでもなく被害者に直接払えばよいからです。

 

 

このアプローチのことを「弁済の提供」といいます。何のアプローチもしなければ、通常、供託することはできません。

 

 

刑事事件で供託をする場合、被害者の住所や電話番号がわからず、弁済の提供をすることができないケースもあります。そのような場合は検察官を通じて弁済の提供をすることになります。具体的な流れは以下のとおりです。

 

 

①弁護士が検察官に対して、賠償金と遅延損害金の額を明示して、被害者に受けとってもらえないか確認するよう依頼します。

 

②検察官が被害者に確認する。

 

③被害者が受けとりを拒否する(この段階で被害者が「受けとってもよい」ということであれば、供託する必要はなくなります)

 

刑事事件で供託した後にすべきこと

刑事事件の加害者が供託すると、供託所に対して、供託したことを被害者に書面で通知するよう依頼することができます。

 

 

もっとも、刑事事件で供託するケースでは、被害者の住所が全て判明していないこともよくあります。この場合、供託所が被害者に通知することはできません。

 

 

このようなケースでは検察官を通じて被害者に通知することになります。具体的な流れは以下のとおりです。

 

 

①弁護士が検察官に供託書を提出し、被害者への通知を依頼

 

②検察官が被害者に供託があったことを通知

 

③弁護士が検察官にいつ被害者に通知したかを確認し、その結果を報告書にまとめる

 

④供託書と報告書を証拠として裁判所に提出する

 

 

供託金は取り戻せる?

被害者が供託金の還付を請求しなければ、加害者は供託金を取り戻すことができます。

 

 

逆に、被害者が供託金の還付を請求すれば、供託金は被害者に支払われますので、加害者が取り戻すことはできません。

 

 

加害者にとっては、被害者に供託金を受けとってもらった方が、刑事処分が軽くなる可能性が高まります。そのため、一度供託すれば刑事処分が出るまでは取戻請求を行わないのが通常です。

 

 

刑事処分が確定した場合、その後に供託金が被害者に支払われても、確定した刑事処分が軽くなるわけではありません。そのため、刑事処分のことだけを考えれば、取り戻しても問題ありません。

 

 

もっとも、その後に民事事件になることもありますので、供託金を取り戻すか否かは弁護士と相談してから決めてください。

 

 

供託金取戻請求権の放棄

被害者が供託金を受けとらない限り、加害者は供託金を取り戻すことができます。この権利を取戻請求権といいます。

 

 

取戻請求権は放棄することができます。放棄すれば、被害者が供託金を受けとらない限り、供託金は供託所で保管されます。取戻請求権を放棄しても、供託金を受けとるか否かは、被害者の自由です。放棄したからといって、自動的に被害者の口座に供託金が振り込まれるわけではありません。

 

 

とはいえ、被害者としては、10年の消滅時効が来るまでは、いつでも供託金を受けとれますので、より被害者のためになるといえます。そのため、放棄した方が刑事処分が軽くなる可能性が高まります。

 

刑事事件の供託と弁護士

刑事事件で供託をする場合、誰でも簡単に供託の手続をすることができるわけではありません。

 

 

供託する際は、供託の申請書に「供託の原因たる事実」を記載しますが、弁護士であっても、供託所と事前にやりとりしないと適切に記載できないことが多いです。供託の前には被害者へのアプローチが必要ですし、供託した後は供託したことの通知も必要です。

 

 

また、供託して終わりというわけではなく、供託書等を検察官や裁判官に提出し、意見書や最終弁論において、それがどのような意味をもつのか主張することも必要です。

 

 

刑事事件で供託を検討している方は、まずは弁護士に相談してみてください。

 

 

【供託のページ】

供託で不起訴となりうる3つのケース

刑事事件で供託をして執行猶予を獲得したケース

供託のご質問

【弁護士向け】刑事事件で口頭の提供により供託するときの流れ

【弁護士向け】供託金の取戻請求権を放棄するための方法

【弁護士向け】供託金が還付されたか否かを確認する方法

【弁護士向け】郵送での供託